M&Aコラム

2015/01/27

M&Aアドバイザー 松井琢磨氏(㈱ファブリス代表取締役)

独立系M&Aアドバイザーである㈱ファブリス(本店:東京)の松井社長にお話を伺いました。松井社長は富士通でSEを務めた後、MBA留学を経て金融界に転じたというご経歴で、大手金融機関に勤務した後、独立してファブリスを設立されました。SE時代のご経験を生かしてIT業界での知見や人脈が豊富で、その分野のM&Aに多くの実績をお持ちです。弊社とは、平山がファンド関係の仕事に携わっていた時からの知り合いで、今でも案件ベースで頻繁に連絡をとらせて頂いております。現在進行で共同して取り組んで頂いている案件もあります。

【松井琢磨 氏】 1982年一橋大学経済学部卒。同年富士通入社。1991年コーネル大学ビジネススクール卒業(MBA)、日本興業銀行に入行、その後、合併、組織変更に伴いみずほ証券に移籍。その間、法人営業、M&Aアドバイザリー等を担当。2008年WRハンブレクト(現マネックス・ハンブレクト)にパートナーとして参画。2009年㈱ファブリス設立。 URL: http://fabrice-co.com/

 

平山: まず、ご経歴から伺いたいのですが、大学を出られて、富士通でSEをやられておられましたね。

松井: 私は学生時代から漠然と将来起業したいという想いがあり、これからはソフトウェアとかのITの時代だろうと思ったので、文系だったのですが富士通に入社しました。そこでシステムエンジニア(SE)になりましたが、SEの中でもフィールドSEという、お客さんのところに出かけていって、そこでシステムを作るというタイプの仕事に就きました。入社当時の82年頃はCOBOLとかの時代で、メインフレームのコンピュータでもメインメモリーが1メガとか2メガとかで、今の携帯端末より容量が少ないような、そんな時代でした。

平山: 具体的にはどのような仕事をされていたのですか。

松井: フィールドSEの中でも流通業界を担当するチームに所属して、最初はプログラマーから始めましたが、その頃のコンピュータ業界は成長著しい時代だったので、早くも3年目にはプロジェクトマネージャーとして、他のSEやプログラマーの指揮・管理を行っていました。例として挙げると、一番大変で印象に残っているのは、プロジェクトマネージャーになった頃に、北関東の小売企業の店別単品管理のシステムを作った時のことです。当時のコンピュータの処理能力では、全社としての単品管理は行うことができましたが、店舗ごとの管理はデータが大きすぎて無理と思われていました。よって当時の流通業界のどの企業もやっていませんでしたが、その北関東の会社の社長さんがどうしても店別単品管理をやりたい、と言うので、大変な作業になるのはわかりながらお引き受けしました。それからは、マネージャーとしてSE約十人、プログラマー百人以上を指揮して、約2年の間、毎晩深夜まで作業が続きました。いつも夜の12時、1時にホテルに帰って来て、それからMBA留学のための英語の勉強をする、みたいな日々です。(笑) 結果として、その会社の会議室の一室を占領して、大きなハードディスクを何台も置いて、温度下げるために一日中空調をガンガン効かせて、という大掛かりなものになりましたが、流通業界初の店別単品管理のシステムが完成しました。当時の業界ではそのシステムは評判になり、他の流通大手の企業の人も見学に来る程でした。

平山: その後、コーネルのビジネススクールに行かれたのですね。

松井: そうです。当時、富士通はMBAの留学制度があまり整備されてなかったので、自費で留学しました。

平山: MBA取得後は、日本興業銀行(以下、興銀)に入られました。

松井: 就職活動の際には、将来の起業のことも頭にあったので、最初は外資系の戦略コンサルティング会社を中心に活動をしていたのですが、興銀の方と知合う機会があり、その年から中途採用を始めるということで面接に誘われました。最初は、居酒屋でも天下国家を論ずる、と言われる興銀とはどんな会社だろうという興味がありました。それで面接を受けたところトントン拍子に話が進み内定をもらいましたが、その過程でいろんな方々にお会いするうちに、興銀の中を実際に見てみたいという気持ちが急に強くなってきました。その時には大手のコンサルティング会社からも内定をもらっており、どちらにするか悩みましたが、結局、興銀を選びました。

平山: 興銀では、最初からM&Aアドバイザリーをやってらっしゃったのですか。

松井: 興銀には、みずほ証券時代も含めて、約20年いまして、最初の10年はマーケット部門と営業、後半10年でM&Aアドバイザリーをやっていました。当初は米国債の先物とか外債の営業でしたが、時差があって体力的に厳しい大変な仕事でした。その後、営業部門に移り、事業法人の営業担当となり陸海運、IT及びメディア情報通信業界を担当しました。入行して仕事をしてみると、興銀の仕事は面白く、特に営業で事業法人を担当していた時は、金融業界の中における興銀の存在感、顧客との関係の深さ等、いろんな面での興銀の強さ、優位性を実感しました。在籍10年を過ぎたころにM&Aの部署に移って、IT関連のM&Aチームのヘッドになりましたが、ITは営業の時に担当していましたし、富士通のSE時代の経験もありましたから、スムーズに馴染むことができました。それから、銀行の合併と組織の改編があったため、みずほ証券に移り同じようにM&Aアドバイザリーを行っていました。

平山: その後、WRハンブレクト(現マネックス・ハンブレクト)に移られました。

松井: 自分も50歳近くなり、今後のキャリアをどうしようかと考えていた時に、その時にお付き合いがあった顧客企業のM&A担当者が社長としてヘッドハントされてWRハンブレクトでM&Aアドバイザリーをやっていくことになりました。それでご縁があってWRハンブレクトにパートナーとして参画しました。転職後は仕事も順調で大きな不満はなかったのですが、ちょうどその時、起業するには今がタイミングだ、という想い募ってきて、それで自分はWRハンブレクトの外に出るが案件には共同で取り組む等、友好関係を続けるということで、WRハンブレクトを円満退社し、独立してファブリスを設立しました。今でもマネックス・ハンブレクトとは良好な関係を保っています。

平山: 独立されてからはいかがですか。

松井: 私が取り扱うのは中堅・中小と言われる規模の企業のM&Aが多く、案件の7割はIT業界です。それ以外の3割はその他諸々の業界です。お客さんは、以前の金融機関時代にお付き合いがあった大手や中堅企業はIT系を中心にかなりの数ありましたので、それがベースとなっていますが、独立後に知り合ったお客さんも結構な数あります。

平山: M&A案件を探す営業活動はどうされていますか。

松井: 基本的には面識がある企業とのお付き合いの中で案件を依頼されることが多いです。また、営業活動の中で、いろんな方々から知合いの方や関係先の案件を紹介されることもよくあります。そのように折角ご紹介頂いた案件は出来るだけ断らないようにしています。

平山: そのような、いろんな方々から案件を紹介されるのは、松井さんの御人徳ですね。引受けた案件を実行する体制はどうされていますか。

松井: 普段はソーシング(営業)を中心に活動していますが、具体的に案件が動き出したら、2,3人の実務に強いメンバーとチームを立ち上げて対応するようにしています。それから先の、M&Aの相手方を探すのは、最初は自分で候補先になりそうな企業に接触しますが、平山さんのような同業者とも秘密厳守の上で情報交換を行い、どこかにいい相手先がいないかどうかアンテナを張ります。まあ皆さん同業者の方がやってらっしゃることと同じですが。

平山: 松井さんとは今までもいろいろと情報交換をさせて頂き、具体的に動いた案件もいくつもあるので、ぜひ今後ともよろしくお願いしたいと思っています。特にIT業界でのお顔が広いので、その分野では頼りにしております。九州の企業を買いたいというところもあるとのことで、ぜひお待ちしております。

松井: こちらこそ、よろしくお願いします。私は、みずほ証券時代は九州の担当で、よく九州各地に行っていたので愛着があるんですよ。ぜひ九州の案件を早くやりたいですね。現在一緒にやってる例の案件もしっかりやりましょう。

(2014年12月)

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